お散歩道草 osanpomichikusa 

-続迷林遊林航海記

『歎異抄』 金子大栄校注

歎異抄第二条 念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからいなり

途中で放りだしてしまった、歎異抄第二条。一ヶ月探しながら反面逃げていた。親鸞聖人は、自分のところにまで念仏を伝えてくれた諸先輩方七人を「七高僧」と呼ばれ、『正信偈』のなかに、「龍樹」「天親」「曇鸞」「道綽」「善導」「源信」「源空(法然)」と…

歎異抄 第一条 念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。 

・「歎異抄」第一条 念仏するものを光明の中に摂(おさ)め取とりたもう。それを阿弥陀と名づく。これ即ち阿弥陀は念仏者にその徳を現わし、念仏者は阿弥陀仏の光明の中に自身を見出すのである。「老少善悪のひとをえらばれず」とは、いかなる人をも漏(も)らす…

「歎異抄」序文について

念仏はわれらを恍惚の境に導くものではない。現実の自身に眼覚めしめるものである。信心は浄土のあこがれにあるのではない。人間生活の上に大悲の願心を感知せしめるにあるのである。 (金子大榮) 出典:『歎異抄』 金子大栄校注 岩波書店 【歎異抄】親鸞聖人…

歎異抄十四条について

友人が、歎異抄十四条について、広瀬杲先生の「歎異抄講話3」のところを写真で送ってきた。十四条は読んでも理解しがたく、ここにある金子先生のことばでようやく理解できた。 金子大栄先生が岩波文庫の中でこの十四条をさらっと御領解なさってお述べになっ…