『歎異抄』に帰る

-新迷林遊林航海記

犬のライ

雪がぽたぽた降ってきた。娘が喜ぶ、お兄ちゃんもワクワク。

犬はよろこび庭かけまわり

というが犬のライも雪にはしゃいだものだった。

川に捨てられていた子犬をたすけたのは娘が生まれる数年前で、

拾った私が名前を付けた。ライオンみたいな茶色い毛をしていたのでライにした。それはハンセン病別名ライ病で苦しんでいる方がいることを忘れないでいたいという思いもあった。

うちはずっと犬がいるがこれまでで一番変な犬だとよく言われた。おじいちゃんと私になついていたのである。

ところがもうずいぶん前になるけれど、近所の弁当ゴミをくわえてきて食べるということを繰り返したので、叱ってそこにあったお鍋で頭をゴツンと叩いてから私に近づかなくなった。しっぽを巻いて逃げて、逃げれないときはうらめしそうにめめった。

めめるという言葉を調べると四日市の方言と書かれていたが、生まれも育ちも石川県民のおばあちゃんもいっていた。にらむということなんだけど、にらみをきかす、ということの逆でにらむ方が立場が弱い時に使うのがこのめめるという言葉だったように思う。

犬には表情があって、嫌な人に対してはあんな顔をするんだなぁ。もちろん注射をする獣医さんに対してもめめっていた。

娘にものごころ着いたころはライはすっかりめめる姿が定着した。

毎日エサをくれたおばあちゃんが浄土へ帰り、おじいちゃんが浄土へ帰った。お兄ちゃんが大好きで、エサをくれる母のことも好きになった。娘のこともおやつのジャーキーをくれるのでちょっと好きだった。

長生きだったライは、白内障になり、耳がほとんど聞こえなくなり、足ももたもたになり、そのうち好きな人にも嫌いな人にも「ジャーキーおくれ、食べ物おくれ」としっぽを振った。

玄関においてあるジャーキーはもう減ることはない。

 

ライがいた縁の下の枯れ草を風が揺らした。

とっさにライを探した。いないことを忘れる一瞬の後がなんともかなしい。