『歎異抄』に帰る

-新迷林遊林航海記

お経の配達人

「定額のお布施でお坊さんを派遣します 全国対応350○○円」という広告を見たことがある。

いろいろ考えさせられる。

法事によってお布施の金額は違う。たとえば一周忌と七回忌は違う。なんてのも常識じゃなくなっていくのかな。いずれにしても私はそんなにいただいてないけど。

震災の時、お坊さんが不足したと聞いたことがある。

若い頃は「お経の配達人じゃない!」なんて感覚が周りにあふれていた。お経を読むだけではなくて、もう一歩踏み込んで、ご門徒の声を聞いたり、教えを語り合ったりすることが大事なんだと思っていた。

この頃はそうでもなくて、お経を心静かに聞く、違う表現をすると、読まれているお経に身を据えるというのもよいなぁ、というか大事なんだろうなと。当たり前なのかもしれないがしみじみ思うようになった。つまらないとやめなくてよかったなと思ってる。念仏にも称名念仏と聞名念仏があるという。

お経を、お坊さんを、必要としている人がいる。

その気持ちが悪用されることがないように。