お散歩道草 osanpomichikusa 

-続迷林遊林航海記

NHKドラマ「生きたい、たすけたい」みました

法話でお話したことの一部

みなさんようこそお参りくださいました。みないろいろせんなんことあったやろうにようこそお越しくださいました。

昨日は、皆さんと「勿忘(わすれな)の鐘」をついて、被災地に思いを馳せました。
同時刻東京では、政府主催の「東日本大震災三周年追悼式」が行なわれたと、
11日午後、東京・千代田区の国立劇場で、天皇皇后両陛下や安倍首相、それに遺族の代表らが出席して開かれ、地震発生時刻の午後2時46分に、出席者が黙とうをささげた。
天皇陛下は「被災した人々の上には、今も、さまざまな苦労があることと察しています。この人々の健康が守られ、どうか希望を失うことなく、これからを過ごしていかれるよう、長きにわたって、国民皆が、心を一つにして、寄り添っていくことが大切と思います」と述べられた。

変なことを言うようですがね、私たちの年代というのは、皆さんと違ってね、
学校で天皇陛下のことをいいがに習わないんです。
ところが、未曽有の震災を経て、陛下がいかに国民の支えであるかということを痛感します。なんとも思ってこなかったことを恥じ入りさえします。

昨夜は皆さんに約束しましたので、NHKをみていたんですけれども、
10時から11時過ぎまでやっていたドラマ「生きたい、たすけたい」を見てね、泣いていた。遅い時間ですから、見た方は少ないかもしれないのですが、
2011年3月11日、東日本大震災発生。宮城県気仙沼市で、着の身着のままで公民館に避難した、446人。保育園の子どももおるし、地元の人もおるし、たまたま孫のお祝いに横浜からかまぼこ買いに来た人もおる。うちらも御祝のかまぼこありますね。それから高松なんかもそうですが、中国から若い女の子たちが何人も仕事にきている。
公民館の前は全滅、工場もかまぼこの店も皆、無くなってしまった。
避難した人々を容赦なく襲う、10メートルを超える津波
小さな命を守るため、障害児施設の園長を務める真佐子や保育所所長・つつじをはじめとする大人たちは子供らに優しく語りかけ、身をていして、寒さや火災、そして恐怖と必死に闘い続けた。食べ物も飲み物もほとんどない、ビスケット三つずつ配られて、ペットボトルのキャップに水を入れて、それをね、小さい子が一口ずつ、ごくんと飲んだらだめやぞ、他の人のがなくなってしまう、口に含んだら隣の人にあげてね。震災の時、現地でパニックになって騒いだのは中国人だけだと、言う人もいるけれど、その中国人の女の子は、子どもに自分の持っていたチョコレートを6つあげてね、仲間が8人程おったけれど、あんた、いいことしたねと、言ってた。みんなで助け合った。
その只中で「たすけたい」という思いの連鎖がひとつの奇跡を生んだ。
宮城・気仙沼、ロンドン、東京―  人々の勇気と絆の物語。
公民館で孤立して、電話がつながらない、はじめは出来たメールも繋がらない。
その人らはなんでたすかったかというと、保育所所長の息子がロンドンにおって、テレビでニュースを見てね、妹に連絡したら、お母さんは公民館に子どもたちと一緒におって孤立しておると。何できない、泣きながらインターネットに呼びかけた、誰かわからない誰かに、
気仙沼の私の母親が公民館の三階に取り残されています
下の階や外は津波で浸水し、地上からは近寄れないようです。もし空からの救助が可能であれば、子ども達だけでも助けてあげられないでしょうか。
それを見た誰かが、東京の消防庁にこんなこと書かれとるなんとかしてあげられないかとツイッ○ーで連絡した。
おそらく一人でないはずです。たくさんの人が繋がって、なんとか助けたいと、
それでヘリが飛んで2日かかって446人全て救助された。こういう話でした。

天皇陛下の言葉が心にしみます。
「どうか希望を失うことなく、これからを過ごしていかれるよう、長きにわたって、国民皆が、心を一つにして、寄り添っていくことが大切と思います。」

(以下省略)