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お散歩道草 osanpomichikusa 

-続迷林遊林航海記

お花も紅葉も撮ってます。ネコや爬虫類も

このところお散歩は鳥ばかりアップしておりますが、お花も紅葉も撮ってます。

ススキ、きれいだな。ススキが美しく思えたら大人だと思う。

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こうやって風に吹かれるのも秋だね

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子どもの頃、育つのを心待ちにしてた、この【アメリカセンダングサ】。若いとひっつかないし。帰り道よくお友だちに投げたものです

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もうひとつ、ひっつくやつ、いえーい。服にも犬にもひっつく、イノコズチ 

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これはなんでしょう。図鑑に記載なし、がっかり

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(10/10撮影)

道端にユリが咲いています。季節外れのやつなのかなぁ

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(10/10撮影)

紅葉してるのは柿の葉、これはフデガキ

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形が筆みたいのでこの名がついたと聞いています

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南天の実、赤くなりました

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紅葉しているのはヌルデ ウルシ科

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サクラ、桜は秋もいいです

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足元のペットボトルは蜂を捕えるものだろうな

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お散歩道のナナカマド

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お散歩道のにゃんこたち

「タマ」と名付けたい↓

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うちの「いのっち」なんだか不機嫌

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この日はご機嫌

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 これは「百万回」、獣と闘ったのか、顔半分がちょっと歪んだね

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それでは、最後に今日撮った爬虫類

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梵天が見つけました。じっとしています

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迷林が見つけました↓

ひなたぼっこ中♪かわいい顔撮れたー

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娘が正しくて困っています。

私は自身はダメでもあまりぶれないので彼女が正しかろうと困らないのですが、「他者が真面目にしない」ことにいら立つことって彼女自身が苦悩すると思うので、小さい頃から言って聞かせているのだけど効果なし。心配です。

正しいんですけど、そうだよね、って言ってあげたことがありません。

そういえば妹も父も正しかったなぁ。そういう私もいざとなるとスイッチはいるし。

ま、ワン・ダイレクション歌ってたから大丈夫なんだろうけど。

源信僧都

妄念はもとより凡夫の地体(じたい)なり 「横川法語」源信僧都

という言葉が好きです。この「もと」というのは「素」という字を当てる

凡夫」というのは、今でいう「人間」という感覚

「地体」というのは、地面の地で、たっている所

私は、もとから、妄念にたっている、ということ。人間自体がそうである、ということだと思っています。

尊敬する和田稠先生も晩年よく「妄念妄想」ということをおっしゃっておられました。

親鸞聖人の言葉でも

善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり。(中略)

煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもって、 そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。「歎異抄(後序)」

だから、正しいとか間違っているとかで、他者を非難して、自分を苦しめる必要がないのだよ。だが迷林、無力です。