先日、以下のようにお話しました。
親鸞聖人は今から800年ほど前に生きられた方ですが、お釈迦さまが亡くなってから2000年余りも経つということを嘆かれていらっしゃいました。
先生に教えていただいて、私は嘆いたことがないことを知らされました。
五濁という言葉は、阿弥陀経の中にその言葉があることが有名です。
劫濁 見濁(けんじょく) 煩悩濁 衆生濁 命濁(みょうじょく)
「五濁の世、無仏の時」
という言葉があります。
仏暦はお釈迦様が亡くなってから数えます、仏暦=西暦+543年、今年は2559年。
では、御命日はいつかというと、
お釈迦様は80歳の年の2月15日にクシナガラで生涯を閉じられました。
御命日(2月15日)の法要 「涅槃会」
悟りを開いた12月8日、「成道会(じょうどうえ)」
が、お釈迦様に関する三大法要。起源は不明だけれども奈良時代にはすでに行われていた記録がある。
(参考:葬儀屋さんHP お釈迦様の命日の法要「涅槃会」/涅槃会とは)
私たちの宗祖親鸞聖人にとって、お釈迦様の説かれたこと、生きたこと、そして亡くなられたことは、生涯、いのちを懸けて求める重要なことであったに違いありません。
自分のところでやらないので、これまであまり気にも留めなかった涅槃会について、少し調べてきました。(「涅槃会について」曹洞宗のお寺のHP)
これ読んだら、「涅槃会」お参りしてみたい、と思いました。と申しましたら、勤めておられるお寺をご紹介いただきまして、本日、行ってきました。真宗大谷派のお寺です。
この辺ではちょっと有名な、大きな大きな「仏涅槃図」(ぶつねはんず)が、北余間いっぱいに掛けられていました。
涅槃図には真っ白い花をつけたサーラ樹の下で、お釈迦さまは頭を北に顔を西に向け、右手を枕にして横臥し、周囲には十大弟子をはじめ、老若男女、鳥獣たちさえも嘆き悲しみ、百獣の王である獅子までが、仰向けになって慟哭している様子が描かれています。画面右上には、忉利天(とうりてん)からかけつけたお釈迦さまの母君、摩耶夫人(まやぶにん)が描かれています。(参考:上記「涅槃会について」曹洞宗のお寺のHPより)
これは、なんかわかりませんが、ご門徒さんに教えていただいて、300円払っていただきました。
すごくカラフルです。おもちかな?
そこに、
「永代祠堂経法会」ではなく、「涅槃会」を勤めた先達の思いが、
白檀をお焼香したお御堂に香った気がした。
(山桜咲きました3/10撮影)