観音坂(女坂)の途中に山野草園への坂があります。
野鳥の声がたくさん聞こえる
椅子がたくさんあります。
山野草園に来たのだけど、山野草は撮らず、木を仰いで野鳥を探す
あまり広くはないので気づいたら山野草園の入り口に到着
ん、椅子のところに・・・
どこいった?
おおおー!
前日に「キビタキ撮れたらいいな」って友人とラインやりとりしていたのです。感激。
うれしやうれしや。
さて、近くの蓮如堂にお参りしてからお昼ご飯にしましょう。
「杉下右京」役の水谷豊さんが訪れたことがある。
とろろ蕎麦食べました。
すごくおいしかったので、忘れないように書いておきます。
五月に入ってからお葬式が続いた。
お通夜に通夜説法をした。急な別れにオロオロして、
何を伝えたらいいのか、困りはてて、親鸞聖人のお手紙を読んだ。
(六)なによりも、こぞことし、老少男女おおくのひとびとのしにあいて候うらんことこそ、あわれにそうらえ。ただし、生死無常のことわり、くわしく如来のときおかせおわしましてそうろううえは、おどろきおぼしめすべからずそうろう。
(なによりも、去年今年と、老少、男女、おおくのひとびとがなくなられたことは、大変悲しいことであります。ただし、生死無常の道理は、生死が無常であるということは、
くわしく釈迦如来の説かれていることでありますから、いまさら驚くことではありません。)
まず、善信が身には、臨終の善悪をばもうさず、信心決定のひとは、うたがいなければ、正定聚に住することにて候うなり。さればこそ、愚痴無智のひともおわりもめでたく候え。如来の御はからいにて往生するよし、ひとびともうされ候いける、すこしもたがわず候うなり。としごろ、おのおのにもうし候いしこと、たがわずこそ候え。
(まず、私としては、死ぬときの良し悪しはもうしません。信心の定まった人は、疑いがなく、教えを聞く身を生きる人となる。そうであればこそ、愚痴無知の人のいのちの終わりもめでたいのです。阿弥陀如来の御はからいにて往生する(生きざまを問わない救いである)と、人々(七高僧などの先輩たち)がおっしゃっていたことと、少しも違わないのです。(私が)前々から、皆さんにお伝えしてきたことと違わないのです。)
かまえて、学生沙汰せさせたまい候わで、往生をとげさせたまい候うべし。
(けっして、(あれを学んだ、これを知っとるといって、物知り顔をして、)学者ぶって
はからうことなく、往生を遂げられるのがよいのです。)
故法然聖人は、「浄土宗のひとは愚者になりて往生す」と候いしことを、たしかにうけたまわり候いしうえに、ものもおぼえぬあさましき人々のまいりたるを御覧じては、往生必定すべしとてえませたまいしをみまいらせ候いき。
(故法然聖人は、「浄土宗のひとは愚者になりて往生す」とおおせられたことを、たしかに承っており、何もしらない「あさましき」人々のまいりたるのを御覧になっては、(あの方は)必ず往生するであろう、とおっしゃってにっこりされたのを拝見しました。)
ふみざたして、さかさかしきひとのまいりたるをば、往生はいかがあらんずらんと、たしかにうけたまわりき。いまにいたるまでおもいあわせられ候うなり。
(いろいろ勉強して、計らって、威張るような人が参るのは、「(あの方の)往生はどうだろうか」と、たしかにお聞きしました(うけたまわりました)。そのこと今にいたるまで思い出しています。)
初七日までは毎日参る。それから四十九日の満中陰まで毎週参る。久しぶりに七日参りも月参りもない日
親鸞聖人のお手紙、ちゃんと訳せていなかったと、くよくよ。