『歎異抄』に帰る

-新迷林遊林航海記

性差別の問題や時代社会に追従してきた教えの問題をともに訪ねる①

f:id:meirin41:20190501120906j:image

開催趣旨 (研修会レジュメより)
「ことに女人の身は内に五障(ごしょう)あり外に三従(さんしょう)ありてさわりおもく罪深きがゆえに・・・」

五障(ごしょう):女人が持っている五種の障礙(しょうげ)、すなわち梵天王、帝釈天、魔王、転輪聖王、仏身となり得ないこと。法華経提婆達多品に説く。(『広辞苑』より)

三従(さんしょう):婦人が従うべき三つの道。すなわち家にあったは父に従い、嫁しては夫に従い、夫の死後は子に従うこと(『広辞苑』より)

この言葉はある寺院で毎月開かれる御講で拝読される御消息の一節です。この御消息を聞いた女性から「お参りの度に思うことだけど、正直いい気持ちはしない・・・」と言われたことがあります。男性より女性の方が罪深いのでしょうか。

大聖寺教区では、毎月五つの組(東・西・南・北・中)ごとに開催される相続講の御講(組講)や各在所ごとの御講において、御消息が拝読されています。どのような思いで今日まで伝えられてきたのでしょうか。一度立ち止まって、大切に読まれ続けてきた歴史から、その内容を確かめ今後の歩みにしたいと思います。

今年度の北陸連区差別問題研修会は、性差別の課題に取り組む女性室公開講座と併せて開催いたします。大聖寺教区で拝読される御消息を通じて、性差別の問題や時代社会に追従してきた教えの問題をともに訪ねましょう。

御消息:宗主からのお手紙。特に第八代蓮如上人のお手紙を御文という。また、東寺の御消息には御講にあてた御礼金の領収証・御講解説の許状・善知識としての「ご法主」からの御教化(ごきょうけ)という意味合いがある。

第41回問題研修会助成室公開講座 女性室公開講座

テーマ:浄土を願う~御文・御消息から問われる私~

期間:2019年1月18日から19日
会場:山代温泉「瑠璃光」
講師:菱木政晴氏

f:id:meirin41:20190501121020j:plain

f:id:meirin41:20190501121033j:plain

f:id:meirin41:20190501121259j:plain

f:id:meirin41:20190501120934j:plain

 

問題になった「御消息」だけでなく、日頃馴染みの深い蓮如上人の「御文」五帖目にも、女性差別の言葉はたくさんある。

7 それ、女人の身は、五障・三従とて、おとこにまさりてかかるふかきつみのあるなり。このゆえに、一切の女人をば、十方にまします諸仏も、わがちからいては、女人をばほとけになしたまうことさらになし。しかるに阿弥陀如来こそ、女人をばわれひとりたすけんという大願をおこして、すくいたまうなり。このほとけをたのまずは、女人の身のほとけになるということあるべからざるなり。これによりて、なにとこころをももち、またなにと阿弥陀ほとけをたのみまいらせて、ほとけになるべきぞなれば、なにのようもいらず、ただふたごころなく、一向に阿弥陀仏ばかりをたのみまいらせて、後生たすけたまえとおもうこころひとつにて、やすくほとけになるべきなり。このこころの、つゆちりほどもうたがいなければ、かならず、かならず、極楽へまいりて、うつくしきほとけとはなるべきなり。さてこのうえにこころうべきようは、ときどき念仏をもうして、かかるあさましきわれらを、やすくたすけまします阿弥陀如来の御恩を、御うれしさ、ありがたさを報ぜんために、念仏もうすべきばかりなりと、こころうべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。

 

14 それ、一切の女人の身は、ひとしれずつみのふかきこと、上臈にも下主にもよらぬ、あさましき身なりとおもうべし。それにつきては、なにとように弥陀を信ずべきぞというに、なにのわずらいもなく、阿弥陀如来をひしとたのみまいらせて、今度の一大事の後生たすけたまえともうさん女人をば、あやまたずたすけたまうべし。 

 

20 それ、一切の女人たらん身は、弥陀如来をひしとたのみ、後生たすけたまえと申さん女人をば、かならず御たすけあるべし。さるほどに、諸仏のすてたまえる女人を、阿弥陀如来ひとり、我たすけずんば、またいずれの仏のたすけたまわんぞとおぼしめして、無上の大願をおこして、我諸仏にすぐれて女人をたすけんとて、五劫があいだ思惟し、永劫があいだ修行して、世にこえたる大願をおこして、女人成仏といえる殊勝の願をおこしまします弥陀なり。このゆえにふかく弥陀をたのみ、後生たすけたまえと申さん女人は、みなみな極楽に往生すべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。

 

p832 / 御文・五

 

蓮如上人の書かれたものには、親鸞聖人にはない表現「五障三従」という言葉が出てくる。三従を定着させたのが蓮如上人であると話された。「時代社会に追従してきた教え」にため息をつく。