夜2:00まで飲んで、7:00起床、朝食、掃除
翌日(9/6)は邑久光明園と長島愛生園の見学
【邑久光明園】
規則を破った人や、逃走した人々が監禁された「監禁室」、
「人間回復の橋」、
永い間世間から隔離され、離島だった長島に1988(昭和63)年、入所者たちの強い要望で橋が架けられました。この邑久長島大橋はハンセン病療養所と社会を一本の道でつなぐことになり、「人間回復の橋」と呼ばれています。
橋から
納骨堂参拝、
資料展示室(旧光明学園校舎)
【長島愛生園】
歴史館、
2F展示室は
長島愛生園歴史館特別展
医師 神谷美恵子が見た世界~長島愛生園の人々とのふれあい~
http://www.aisei-rekishikan.jp/exhibit2.html#1
納骨堂参拝、
収容桟橋、
収容所(回春寮)、
たくさん見学するところがあります
昼食邑久光明園で「石川郷土料理」を食べる。
金沢教区推進員メンバーが作った新米と野菜、日本海味噌を届け、皆さんに食べていただきました。私たちもいただきました
(いい企画やー)
一番印象的だったのが、収容桟橋と収容所(回春寮)です。ハンセン病の診断を受けた人はこの桟橋で船を下りて、収容所(回春寮)へ行きます。持ち物を取り上げられ、消毒薬クレゾールの風呂にはいらされました。
建物から悲しみが聞こえるようでした。
そのことをしっかり伝えてくれたのが真宗大谷派山陽教区の施設交流部 松岡氏でした。
彼がこの研修会に合流してくださったことは私にとってとても貴重な体験でした。「自分の寺の」ご門徒に接するように入所者の方々の側にいる、家族のようにといったらいいかな、そんな彼を入所者の方々がとても信頼していること。たくさんの方と、以前あったこととかこれからのことを話していました。
彼の姿が今後の私自身のこの問題への取り組みを変えるように思っています。
長島愛生園のパンフレットには「この島を忘れないでほしい」と書かれています。
悲しい歴史が差別があったこと、そしてそこに住む人がいることを、
私は、伝えていかねばならないし、会いに行くことあんなにうれしそうにして下さる方々に「また来ます」と交わした約束を果たそう
今回ブログに書くために調べていて見つけた
名古屋教区第30組第2期第1回「人権問題」学習会での、真宗大谷派解放運動推進本部 大屋徳夫氏の「ハンセン病問題の取り組みについて」の講義がよくまとめられている。【ハンセン病とはなにか】【なぜ真宗の課題なのか】【どんな取り組みをしてきたか】【これからの課題】やご自身の関わりが書かれている。じっくり読もうと思う。
最後に
お土産は、入所者のKさんが勧めてくれた
「廣榮堂の元祖きびだんご」
道の駅で4つ買いましたが(すでに手元に無く)、9/7朝にネットで10個入りのが20箱入っている「メガきびだんご」を注文したらなんと9/8朝届いた!いえーい。丁寧なお手紙とおまけの桃太郎のお皿が入っていました。絵本作家の五味太郎氏のイラスト、かわいい!(次回行った時もこれにします!)
お友達とご門徒さんに「岡山県のハンセン病療養所へ行ってきましたよ。」と言って渡すのであります
廣榮堂元祖きびだんごインターネットショップ
http://www.koeido.co.jp/onlineshop/shop_i/index.php?c=shop_2&category_a_pk=1288572404